ウェルビーイングとは何か 幸せと健やかさのこれから
- 西村太志
- 4月5日
- 読了時間: 5分
更新日:4月11日
「しあわせ」と「よき在り方」を問い直す
近年、「ウェルビーイング(well-being)」という言葉を耳にする機会が増えてきました。教育、福祉、ビジネスの分野など、幅広い場面でこの言葉が使われるようになっていますが、その意味を正確に理解している人は、まだ多くないかもしれません。
ウェルビーイングとは何かを考えることは、単に「幸せとは何か」と問うだけではありません。むしろそれは、「私たちはどのように生きたいのか」「社会はどうあるべきなのか」といった、人生と社会の根幹に関わる問題を見つめ直すことでもあります。

長時間労働、孤独、格差、気候危機──。こうした現代社会の課題に向き合うための視座として、ウェルビーイングは世界中で注目されています。
一言でいえば、ウェルビーイングとは、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味します。これは、1946年に世界保健機関(WHO)が示した健康の定義のなかにすでに現れており、そこでの健康とは単に病気がないことではなく、心身と社会生活のすべてが満たされた状態を指すとされています。
このようにウェルビーイングは、「健康」「幸福」「福祉」といった個別の概念を統合するものであり、私たちの「生の質」をトータルに捉える枠組みとして、いま世界的に注目されています。
社会の変化とウェルビーイングの必要性
経済成長から「心の豊かさ」へ
日本では、高度経済成長期から現在に至るまで、GDP(国内総生産)などの数値的な豊かさが、社会の目標として重視されてきました。しかし、その一方で、主観的な幸福感や人生満足度にはほとんど改善が見られなかったという調査結果があります。

実際に、内閣府の報告や国連の幸福度ランキングなどにおいても、日本人の主観的幸福感は長年にわたり国際的に低い水準にとどまっていることが明らかにされています。これは、私たちが「目に見える豊かさ」だけでは満たされない時代に生きていることを示しているのではないでしょうか。
教育や地域づくりにも広がるウェルビーイング
こうした問題意識のもと、文部科学省では次期教育振興基本計画の柱の一つに「ウェルビーイングの向上」を掲げています。特に注目されているのが、「獲得的ウェルビーイング」と「協調的ウェルビーイング」という二つの視点です。
獲得的ウェルビーイング:自己肯定感、達成感、自律性といった、内面の充実や自分らしい生き方
協調的ウェルビーイング:他者とのつながり、地域との関係、利他性や社会貢献といった、外部との関係性の中で得られる幸福
この両面のバランスが取れた状態こそが、本質的なウェルビーイングであるという考え方が、今後の教育や社会政策の基盤となっていくでしょう。
日本の現状と文化的背景
子ども・若者の精神的ウェルビーイングの低さ
とくに深刻なのが、子どもや若者のウェルビーイングの低さです。ユニセフの国際調査によると、日本の子どもは「身体的健康」では世界1位であるにもかかわらず、「精神的幸福度」では37位という極めて低い順位でした。

また、「すぐ友達ができる」と答えた15歳の割合も、40か国中39位。人とのつながりの希薄さや孤独感が、精神的ウェルビーイングの低下を招いているという状況が浮かび上がってきます。これは、単なる個人の問題ではなく、学校や地域、家族を含めた社会構造の課題でもあります。
「和の文化」から生まれるウェルビーイング
一方で、日本には「和の文化」が根づいており、他者と協調し、調和を大切にする傾向があります。『Well-being Report Japan 2022』によると、日本社会は個人主義と集団主義の両方の価値観を理解できる、稀有な文化的立場にあると評価されています。
たとえば、おすそ分けの文化、寄り合い所での高齢者の集まり、神社の清掃やお祭りなど、「自分のことは自分で」「でも、困ったときは支え合う」という暮らしの知恵が、地域の中で受け継がれてきました。こうした文化は、現代的なウェルビーイング概念と響き合う可能性を秘めています。
ポストSDGsの中心概念として
SDGs(持続可能な開発目標)は2030年を期限としていますが、その後に続く新たな国際的目標として、「ウェルビーイング」が重要なキーワードになるとされています。『Well-being Report Japan 2022』では、GDPからGDW(Gross Domestic Well-being)への指標の移行が提案され、持続可能で調和のとれた社会を実現するための基盤としてウェルビーイングが据えられています。

これからの社会では、「経済成長」だけでなく、「心の成長」や「つながりの再構築」がより大きな価値を持つようになるでしょう。そのとき、私たち一人ひとりが「どのように生きるか」「他者とどう関わるか」を深く問い直すことが求められるのです。
よき在りかた それがウェルビーイング
ウェルビーイングとは、単なる「幸せ」や「健康」とは異なり、「よき在りかた」そのものを追求する概念です。そしてそれは、個人の問題ではなく、社会全体で育んでいくべきものです。
このコラムでは今後、社会学の視点から、仕事、家庭、教育、テクノロジー、地域などさまざまなテーマを通して、私たちの暮らしのなかにあるウェルビーイングの可能性を探っていきます。
次回は「孤独とつながり」をテーマに、現代社会における心の居場所を考えてみたいと思います。まずは、「自分にとっての良好な状態とは何か?」という問いから始めてみませんか?
心と体のバランスを整えてウェルビーイングな毎日を。 参考資料
■文部科学省(2023)『ウェルビーイングの向上について(次期教育振興基本計画における方向性)』
■ウェルビーイング学会(2022)『Well-being Report Japan 2022』
西村 太志(にしむら たいし)
兵庫県出身、東京都国立市在住。一橋大学大学院で社会学を研究中。
ウェルビーイング、つながりの再構築、主観と客観のあいだを探る思想に関心がある。
趣味は読書、映画、音楽(高校時代まで吹奏学部)。
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