ウェルビーイングと100年ライフ 世代を超えた幸せのデザイン
- 西村太志

- 9月28日
- 読了時間: 7分
人生100年長寿の時代へ
「人生100年時代」という言葉が、単なる未来予測から現実の課題として私たちの日常に浸透して久しくなりました。医療の進歩と公衆衛生の向上により、かつてないほどの長寿を享受できるようになったことは、間違いなく人類の偉大な成果です。
しかし、この延伸された時間は、私たちに新たな問いを投げかけています。それは、単に長く生きるだけでなく、「いかに良く生きるか」というウェルビーイングの問いです。この問いへの答えは、世代によってその様相を大きく異にします。

デジタル社会の複雑な人間関係に悩む若者、キャリアと家庭の狭間で心身をすり減らす中年、そして社会的役割の変化に直面するシニア。各世代が抱える課題は一見すると分断されているように見えますが、実は深く結びついています。
若者、中年、シニアという三つの世代が直面するウェルビーイングの課題を横断的に捉え、世代間の断絶を乗り越え、共に幸せをデザインしていく「世代間連帯」の可能性について考えてみます。
デジタルネイティブ世代の幸福と孤独
現代の若者たちは、生まれた時からインターネットやSNSが身近にあるデジタルネイティブ世代です。彼らは、オンライン上で瞬時に世界中の人々とつながる術を持っています。しかし、その常時接続の環境は、新たな形のストレスや孤独感を生み出している側面も否定できません。

画面の向こうに見える他者の華やかな生活と自身を比較することによる自己肯定感の低下、あるいは絶え間ない情報受信による精神的な疲弊は、彼らのウェルビーイングを脅かす深刻な問題です。内閣府の調査においても、若者世代が他の世代に比べて孤独・孤立を感じる割合が高いことが指摘されており、この問題への社会的な対策が急務とされています【資料A】。
さらに、非正規雇用の拡大や将来への経済的な不安は、彼らが人生の基盤を築く上での大きな障壁となっています。キャリア形成や家庭を持つといった、かつては当たり前とされたライフステージへの道筋が見えにくい中で、彼らはいかにして自身のウェルビーイングを確立していけばよいのでしょうか。この世代の課題は、単なる個人的な悩みではなく、社会構造の変化がもたらした、私たち全員が向き合うべきテーマなのです。
「中年の危機」は万国共通か
30代から50代の中年期は、多くの人にとって人生の岐路となる時期です。職場では責任ある立場を任され、家庭では子育てや親の介護といった役割が期待される「サンドイッチ世代」としてのプレッシャーは計り知れません。こうした中で、ふと「自分の人生はこれでよかったのか」という問いが頭をよぎる「中年の危機」は、決して特別なものではありません。

経済学者であるダヴィッド・ブランチフラワー氏が132カ国を対象に行った調査では、人々の幸福感はU字型の曲線を描き、その谷底が平均して47.2歳にあたることが示されています【資料B】。これは、文化や経済状況の違いを超えて、中年期に幸福度が一時的に低下する傾向が普遍的に存在することを示唆しています。 この時期のウェルビーイングを考える上で、心身の健康問題も避けては通れません。特に、女性の更年期障害は広く知られていますが、男性においてもテストステロンの低下によって引き起こされるLOH症候群(加齢男性性腺機能低下症候群)、いわゆる男性更年期が存在し、意欲の低下や不眠、性機能不全といった多様な症状を引き起こすことが専門家によって指摘されています【資料C】。
多方面からの期待と責任、そして自身の心身の変化という三重苦の中で、中年世代は自身のウェルビーイングを見失いがちになるのです。
超高齢社会における生きがいと役割
人生100年時代の後半を担うシニア世代は、退職という大きな転機を迎えます。長年勤め上げた会社や組織から離れることは、日々の生活リズムだけでなく、社会的役割やアイデンティティの喪失感につながることが少なくありません。また、加齢に伴う身体的な衰えや健康への不安、親しい人々との別離は、精神的な孤立感を深める要因となり得ます。
しかし、シニア世代のウェルビーイングは、決して失われていくだけのものではありません。むしろ、この時期は、これまで仕事や家庭に費やしてきた時間とエネルギーを、自らのために再投資できる貴重な機会でもあります。

生涯学習を通じて新たな知識やスキルを習得したり、地域活動やボランティアに参加して社会とのつながりを維持したりすることは、生きがいや自己効力感を高める上で極めて重要です。実際に、厚生労働省の報告書では、高齢者の社会参加が健康寿命の延伸に寄与する可能性が示唆されています【資料D】。
シニア世代が持つ豊かな経験や知識は、社会にとってかけがえのない資源です。彼らが孤立することなく、尊厳を持って社会に参加し続けられる環境を整えることが、超高齢社会におけるウェルビーイングの鍵を握っています。
断絶から連帯へ 世代をつなぐウェルビーイングのデザイン
これまで見てきたように、若者、中年、シニアの各世代は、それぞれに固有の課題を抱えています。しかし、これらの課題を世代ごとに分断して捉えるのではなく、互いの関係性の中で解決策を見出すことこそが、人生100年時代のウェルビーイングをデザインする上で不可欠です。
これが「世代間連帯」という考え方です。例えば、若者が持つデジタルスキルをシニアに教える代わりに、シニアが持つ伝統的な知恵や人生経験を若者に伝える。このような知識と経験の交換は、双方にとって新たな学びと刺激をもたらします。

研究によれば、世代間の交流プログラムに参加した高齢者は、認知機能や抑うつ傾向の改善が見られるなど、心身の健康に良い影響があることが報告されています【資料E】。また、中年世代は、その社会的な実行力とネットワークを活かし、若者とシニアをつなぐハブとしての役割を果たすことができます。
企業が多世代が共に働きやすい職場環境を整備したり、地域コミュニティが世代を超えた交流の場を創出したりすることは、個人のウェルビーイングを高めるだけでなく、社会全体の活力を生み出すことにもつながるでしょう。
世代間の断絶は、互いへの無理解や偏見を生み、社会の分断を深刻化させます。それぞれの世代が持つ強みを尊重し、弱みを補い合う関係性を築くこと。それこそが、誰もが幸せに生きられる持続可能な社会の土台となるのです。
人生という長い航海を楽しむ想像力
人生100年という長い航海において、私たちは皆、異なる時期に異なる荒波に直面します。若者の孤独、中年の葛藤、シニアの喪失感。これらの課題は、個人の努力だけで乗り越えるにはあまりにも重いものです。

しかし、私たちが世代という壁を越えて手を取り合うとき、それぞれの課題は、互いを理解し、支え合うための共通の羅針盤となり得ます。自らのウェルビーイングを追求することはもちろん重要ですが、その視線を少しだけ広げ、他の世代が今どのような景色を見ているのかに思いを馳せてみること。その小さな想像力から、世代を超えた幸せのデザインが始まるのではないでしょうか。
心と体のバランスを整えてウェルビーイングな毎日を
参考文献
【資料A】内閣府, 「令和4年版 子供・若者白書 全体版(PDF版)」, 2022.
【資料B】Blanchflower, D. G., “Is Happiness U-shaped Everywhere? Age and Subjective Well-being in 132 Countries”, NBER Working Paper No.26641, 2020.
【資料C】日本メンズヘルス医学会, 「LOH症候群・男性更年期とは」.
【資料D】厚生労働省, 「令和4年版 厚生労働白書-社会保障を支える人材の確保」, 2022.
【資料E】高橋正憲,「少子高齢化社会を活性化する多世代交流ネットワークの構築」,プロジェクト研究報告4巻1号,2024
西村太志(にしむら・たいし)
兵庫県出身、東京都国立市在住。一橋大学大学院で社会学を研究中。
ウェルビーイング、つながりの再構築、主観と客観のあいだを探る思想に関心がある。
趣味は読書、映画、音楽(高校時代まで吹奏楽部)。



