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孤独とつながり

現代日本社会における心の居場所を考える

孤独の社会的背景

4割が感じている孤独感


現代の日本社会では、「孤独」は個人だけの問題ではなく社会全体で向き合うべき課題として認識され始めています。実際、政府が2022年に実施した全国調査によれば、「常に孤独を感じる」人は約5%で、「時々」感じる人が15.8%、「たまに」感じる人が19.6%にのぼり、合わせて約4割もの人が何らかの孤独感を抱えていることが分かりました​。


この割合は前年調査より増加しており、コロナ禍を経た社会で孤独を訴える人が増えている実態が浮かび上がっています。孤独は高齢者だけでなく働き盛りの世代にも広がる深刻な問題であり、もはや「無縁社会」とも言われる状況にあります。かつて家族や地域といった伝統的な共同体が果たしていたつながりの役割が弱まり、人々の心の拠り所が失われつつあるのです。


支え合う関係の希薄化


社会学者エミール・デュルケームが指摘したアノミー(社会的な絆や規範の喪失)という現象が、現代にも当てはまるのではないでしょうか。急速な都市化と核家族化による共同体の解体により、互いに支え合う関係性が希薄化し、生きる上での不安や疎外感が広がっています。



つながりの変容


人々を取り巻くつながりの形も、大きく変容しています。高度経済成長期には終身雇用や地縁・血縁による安定した人間関係が一般的でした。しかし、現代は職業や居住地の流動性が高まり、ライフスタイルも多様化しています。それに伴って、人間関係も固定的なものから流動的・一時的なものへと変わりつつあります。



不安定な人間関係


社会学者ジグムント・バウマンが「液状化した現代」と表現したように、私たちは関係を結び直す自由と引き換えに、関係の不安定さというリスクを抱えるようになりました。たとえば転職や転勤、離婚などでこれまでのコミュニティから離れることが珍しくなく、そこで築いたつながりもリセットされがちです。

また、人々の価値観も多様になったことで、同じ地域や組織に属していても感じる連帯感が薄れる場合もあります。


人と人との距離感


こうした中、従来は当たり前に存在した「近所づきあい」や「社員同士の交流」などが減少し、人と人との距離感が変わりました。その結果、人々は新たなつながりを求めてSNSやオンラインコミュニティに活路を見出すようになっていますが、それも従来のリアルな付き合いとは質が異なります。言い換えれば、社会の構造変化により公共性のある場での交流が減少し、各人が個別の世界に生きやすい土壌が生まれているのです。

社会学者エミール・デュルケームが指摘したアノミー(社会的な絆や規範の喪失)という現象が、現代にも当てはまるのではないでしょうか。急速な都市化と核家族化による共同体の解体により、互いに支え合う関係性が希薄化し、生きる上での不安や疎外感が広がっています。

SNSや職場・家庭での孤立

SNSが生む新たな孤独感


つながりの形が多様化する一方で、日常生活の様々な場面で孤立が深刻化しています。まず、SNSなどオンライン上の「つながり」は一見人と人とを結びつけていますが、その裏で新たな孤独を生んでいるとも指摘されます。


SNSでは他人の充実した生活が切り取られて流れてくるため、自分の孤独や劣等感が際立ってしまうことがあります。また、SNS上で得られる「いいね!」などの反応は、一時的に承認欲求を満たすかもしれませんが、真に心が満たされる承認や共感とは異なります。結果として、「繋がっているのに孤独」というパラドックスが生まれやすいのです。


職場における人間関係の変化


職場においても、人間関係の希薄化が指摘されています。テレワークの普及で顔を合わせる機会が減ったことや、成果主義の浸透で同僚が競争相手になる風潮などにより、職場で孤独を感じる人も少なくありません。 従来、日本企業には社員旅行や飲みニケーション(職場の飲み会)などを通じて同僚同士が深く関わる文化がありましたが、近年ではプライベートを重視する傾向や働き方の変化からそうした機会も減っています。その結果、「会社に自分の居場所がない」と感じる人もいるでしょう。


倍増する単身世帯


また、家庭に目を向けても、その様相は変わっています。単身世帯の増加により、家族と同居しない一人暮らしの人が増えています。実際、2020年時点で日本の全世帯の約38%が単独世帯となっており、この割合は1980年の約19.8%から倍増しています​。


家庭のない人たち


未婚化や晩婚化も進み、50歳時点で結婚経験のない人は男性で4人に1人、女性で6人に1人に達しています​。家庭という伝統的な居場所を持たない人が増える一方、家族がいても会話が少なかったり価値観が合わなかったりして家庭内孤立に陥るケースもあります。 このように、SNSの仮想空間から職場、家庭に至るまで、現代人は様々な場で孤立を感じやすい状況に置かれているのです。



「心の居場所」とは何か


では、そうした中で語られる「心の居場所」とは何でしょうか。それは一言でいえば、「自分の心が安らげる場所や関係性」を指します。


存在を認められている


物理的な場所に限らず、心が自分らしくいられる人間関係やコミュニティも含めて考えることができます。他者とつながる中で、自分がありのまま受け入れられ、存在を認められていると感じられる状態こそが、「心の居場所」を持つということです。人は誰しも、社会の中で何らかの役割や位置づけを持ち、周囲から承認されることで自己の価値を実感します。

しかし、共同体の形が崩れた現代では、その承認の機会が減り、「自分は必要とされていないのではないか」と不安を抱える人が増えています。心の居場所を失うと、生きがいや自己肯定感の低下に直結し、メンタルヘルスにも悪影響を及ぼしかねません。


心の居場所が孤独から救う


逆に言えば、たとえ物理的には一人でいても、心の居場所がどこかにあれば人は孤独を乗り越えることができます。それは趣味のサークルかもしれませんし、オンライン上の気の合う仲間とのコミュニティかもしれません。または幼馴染や家族など、「自分をわかってくれる人」がいるという実感だけでも良いのです。大切なのは、自分を受け止めてくれる他者や集団とつながっているという安心感でしょう。


心の居場所とは、言い換えれば「帰属意識」と「安心感」が得られる場であり、人間関係の質的な側面だと言えます。



再構築への展望

孤独を社会的課題と捉えるからには、つながりの再構築に向けた取り組みが不可欠です。先の調査でも、多くの孤独感は長年継続する傾向があり(孤独感が「しばしば・常にある」人の54%は5年以上継続)、問題解決には長期的な関わりが求められると指摘されています。言い換えれば、一度失われた心の居場所を取り戻すには、社会全体で粘り強く人と人とのつながりを編み直していく必要があるのです。


居場所づくり


そのための鍵の一つが、地域やオンライン上での「居場所づくり」です。例えば各地で、高齢者や子育て世代が気軽に集えるサロンやカフェ、若者が仕事帰りに立ち寄れるコミュニティスペースなどの試みが始まっています。また、趣味やボランティア活動を通じた緩やかなネットワークに参加する人も増えています。こうした場は、単にサービスを提供する場所ではなく、人と人とが出会い、ゆるやかに支え合う公共性の担い手となります。

政府や自治体も孤独・孤立対策として、NPOや地域団体による居場所支援を後押しし始めました。企業においても、社員のメンタルヘルスや心理的安全性を重視し、対話の機会を設けたりチームで支え合う企業文化を育む動きが見られます。


複数の社会の重要性


さらに、個人のレベルでも「多接」(多様な人との接点を持つこと)の重要性が提唱されています。特定の一つの関係に過度に依存せず、家族・友人・職場・地域・オンラインコミュニティなど複数のつながりを持つことで、ある関係が希薄になっても別のつながりが心を支えてくれるという考え方です。

今後の社会では、テクノロジーの力も借りながら、人々が安心して集い助け合える「場」をいかに増やしていくかが問われるでしょう。それは新しい形の共同体を作り直す作業とも言えます。一人ひとりが孤独に押しつぶされることなく、自分の「心の居場所」を見いだせるような社会の枠組みをデザインしていくことが、ウエルビーイング(幸福で健やかな状態)な社会への道筋ではないでしょうか。



どのように生きるか


孤独とつながりの問題は、私たちが「どのように生きるか」「他者とどう関わるか」を改めて問い直す機会でもあります。人と人とのつながりが希薄化した社会だからこそ、意識的に心の居場所を育んでいくことが大切です。それは個人の努力のみならず、社会の仕組みづくりとして支えていくべきものです。現代日本社会における心の居場所の変容を見つめることは、私たち自身の生き方と社会のあり方を見直す第一歩になるでしょう。

皆さんにとっての「心の居場所」はどこにあるでしょうか。そして、これからどのようにつながりを紡いでいきたいでしょうか。


心と体のバランスを整えてウェルビーイングな毎日を。 参考資料

  • 資料A: 内閣官房孤独・孤立対策担当室(2023)「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和4年)結果」​ 

  • 資料B: 内閣府男女共同参画局(2022)「令和4年版男女共同参画白書」​

  • 資料C: みずほリサーチ&テクノロジーズ 主席研究員 藤森 克彦 (2022)『「孤独・孤立」の実態調査から見えるもの」』


 

西村 太志(にしむら たいし)

兵庫県出身、東京都国立市在住。一橋大学大学院で社会学を研究中。

ウェルビーイング、つながりの再構築、主観と客観のあいだを探る思想に関心がある。

趣味は読書、映画、音楽(高校時代まで吹奏学部)。

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