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デジタル社会とウェルビーイング AI・SNS時代をどう生きるか

  • 執筆者の写真: 西村太志
    西村太志
  • 9月8日
  • 読了時間: 9分

テクノロジーの進化がもたらす光と影

私たちの日常は、スマートフォンやAI、SNSといったデジタルテクノロジーと深く結びついています。朝目覚めて最初に手に取るのがスマートフォンであり、日中の仕事ではAIアシスタントが業務を効率化し、夜にはSNSで友人や世界中の人々とつながる。

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こうしたデジタル技術の恩恵は計り知れず、私たちの生活をかつてなく豊かで便利なものにしてくれました。しかし、その一方で、この常時接続された社会は、私たちの心身に新たな種類の負荷をもたらしていることも事実です。通知の絶え間ない明滅、SNS上で垣間見える他者の華やかな生活、アルゴリズムによって最適化され続ける情報環境。 私たちは、知らず知らずのうちに、デジタルが生み出す光と影の中を歩んでいるのです。AIやSNSが浸透した現代社会において、私たちがいかにして心身の健康、すなわちウェルビーイングを維持し、向上させていくことができるのでしょうか。



SNSと「つながり」のパラドックス


常時接続がもたらす心理的負担


SNSは、時間や場所を超えて人々とつながることを可能にした画期的なツールです。しかし、その「常時接続」という特性が、私たちの心に影を落とすことがあります。他者の投稿と自分自身の日常を無意識に比較してしまい、劣等感や焦燥感に苛まれる。あるいは、自分の投稿への「いいね」やコメントの数を過度に気にしてしまい、承認欲求の沼にはまり込んでしまう。

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これらは、多くの人が経験しているSNS疲れの典型的な症状と言えるでしょう。「FOMO(Fear of Missing Out)」、すなわち自分だけが何か楽しいことや重要なことを見逃しているのではないかという恐怖感も、SNS時代を象徴する心理状態です。 こうした心理的負担は、決して気のせいではありません。実際に、SNSの利用時間と精神的な健康状態には相関関係があることが研究によって示唆されています。例えば、ペンシルベニア大学が行った研究では、SNSの利用を1日30分に制限したグループは、通常通り利用を続けたグループと比較して、孤独感や抑うつ感が大幅に減少したと報告されています【資料A】。 この結果は、私たちがSNSと健全な距離を保つことの重要性を物語っています。つながりを求めるツールが、使い方を誤ると逆に孤立感を深めてしまうというパラドックスがここには存在しているのです。


デジタルが生む「フィルターバブル」と「エコーチェンバー」


SNSや検索エンジンが私たちのウェルビーイングに与える影響は、個人の心理的な側面だけにとどまりません。社会的なつながりの質にも深く関わっています。その代表的な問題が、「フィルターバブル」と「エコーチェンバー」現象です。

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アルゴリズムは、私たちの過去の閲覧履歴や「いいね」といった行動を分析し、私たちが好みそうな情報を優先的に表示するように設計されています。その結果、私たちは自分の興味や意見に合致する情報ばかりに囲まれた、あたかも泡(バブル)の中にいるような状態に陥ります。これがフィルターバブルです。 さらに、同じような意見を持つ人々が集まるコミュニティの中では、自分たちの考えが何度も繰り返し反響し(エコー)、それが唯一の正しい意見であるかのように錯覚してしまうエコーチェンバー現象も起こりやすくなります。総務省の情報通信白書でも、こうした情報環境の偏りが、異なる意見を持つ他者への不寛容さを生み、社会の分断を助長する可能性について警鐘が鳴らされています【資料B】。 自分と異なる価値観に触れる機会が失われることは、私たちの視野を狭め、知らず知らずのうちに社会的な孤立を深めてしまう危険性をはらんでいるのです。真のウェルビーイングには、多様な他者との建設的な関係性が不可欠であり、アルゴリズムによって最適化された心地よいだけの環境が、その土台を侵食しかねないということを、私たちは認識する必要があるでしょう。



AI時代における自己と幸福


生成AIと創造性の未来


近年、目覚ましい発展を遂げている生成AIは、私たちの働き方や自己実現のあり方に大きな変革をもたらそうとしています。文章の作成、画像の生成、プログラムのコーディングといった、かつては人間にしかできないと考えられていた知的作業をAIが担うようになり、一部の仕事がAIに代替されることへの不安の声も聞かれます。

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しかし、この技術的変革を、ウェルビーイングの観点からより肯定的に捉えることも可能です。AIが定型的、反復的な作業から人間を解放してくれることで、私たちはより創造的で、人間的な温かみが求められる活動に多くの時間を割けるようになるかもしれません。 例えば、データ分析や資料作成をAIに任せ、人間はクライアントとの対話や、チーム内での共感に基づいたコミュニケーションに集中するといった働き方です。重要なのは、AIを人間の能力を脅かす競合相手としてではなく、私たちの創造性を拡張し、自己実現を支援してくれるパートナーとして捉え直すことです。



アルゴリズムによる意思決定と「自分らしさ」


AIの影響は、仕事の領域に限りません。私たちが日々楽しむ音楽や映画、次に読むべき本、さらにはランチに訪れるレストランまで、あらゆる場面でAIによるレコメンデーション(推薦)が機能しています。 これらのアルゴリズムは、膨大なデータから私たちの好みを正確に予測し、失敗の少ない選択肢を提示してくれるため、非常に便利です。しかし、この便利さの裏側で、私たちは何か大切なものを失っているのかもしれません。それは、セレンディピティ、すなわち「偶然の幸運な出会い」の機会です。

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アルゴリズムによって最適化された世界では、自分の好みから少し外れた未知の音楽や、全く予期しなかったジャンルの本に偶然出会うといった経験が起こりにくくなります。常に「正解」を提示される環境は、私たちから試行錯誤の機会や、主体的に何かを選び取るという経験を奪いかねません。 自分らしさとは、確立された不変のものではなく、多様な経験や偶然の出会いを通じて、常に揺らぎながら形成されていくものです。AIの提案にただ従うのではなく、時には意識的にその推薦から逸脱し、自らの直感や好奇心を頼りに未知の世界へ足を踏み入れてみること。そうした主体的な選択の積み重ねこそが、AI時代における「自分らしさ」を育み、真のウェルビーイングへとつながる鍵となるのかもしれません。



デジタル・ウェルビーイングを実践するために


「デジタル・デトックス」の重要性


デジタル技術との過剰な接触は、心身にさまざまな不調をもたらす可能性があります。そこで重要になるのが、意図的にデジタル機器から距離を置く「デジタル・デトックス」という考え方です。


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週末の数時間、あるいは就寝前の1時間だけでもスマートフォンやパソコンの電源を切り、オフラインの時間を取り戻す。たったそれだけのことで、私たちの心身は驚くほどリフレッシュされます。特に睡眠への影響は顕著です。スマートフォンが発するブルーライトが、睡眠を促すホルモンであるメラトニンの分泌を抑制することは科学的にも知られています【資料C】。


また、就寝直前まで仕事のメールや刺激的なSNSの情報を目にしていると、脳が興奮状態から抜け出せず、寝つきが悪くなったり、眠りが浅くなったりする原因となります。寝室にはスマートフォンを持ち込まない、夜9時以降は通知をすべてオフにするといった簡単なルールを設けるだけでも、睡眠の質は大きく改善されるでしょう。


デジタル・デトックスは、テクノロジーを完全に否定するものではありません。むしろ、心身のバランスを回復させ、再びテクノロジーと健全に向き合うための戦略的な休息なのです。


テクノロジーとの能動的な関わり


デジタル・デトックスが「引く」アプローチだとすれば、テクノロジーとの関わり方を意識的に変えていく「攻め」のアプローチも同様に重要です。情報を受動的に浴び続けるのではなく、自らの意思で情報を取捨選択し、活用していく能動的な姿勢が求められます。


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そのために有効なのが、近年注目されている「マインドフルネス」の実践です。マインドフルネスとは、評価や判断を交えずに、「今、この瞬間」の経験に意識を向ける心のあり方です。研究によれば、マインドフルネスの実践は、衝動的な行動を抑制し、注意力を高める効果があることが分かっています【資料D】。


スマートフォンを手に取るたびに、「私は今、何のためにこれを使おうとしているのか」と一瞬立ち止まって自問する。それだけで、無目的なSNSの閲覧やニュースのダラ見といった、時間を浪費するだけの行動を減らすことができます。


さらに、私たち一人ひとりが、単なる情報の消費者ではなく、責任ある発信者であるという自覚を持つことも不可欠です。これは「デジタル・シチズンシップ(デジタル社会の良き市民性)」と呼ばれる概念であり、文部科学省などもその重要性を指摘しています【資料E】。


不確かな情報を安易に拡散しない、他者を尊重したコミュニケーションを心がけるといった基本的な態度は、健全なデジタル社会を築き、ひいては私たち自身のウェルビーイングを守ることにもつながるのです。



テクノロジーと共生する未来のウェルビーイング


私たちは今、人類史上誰も経験したことのない、高度にデジタル化された社会を生きています。AIやSNSがもたらす課題は、決して無視できるものではありません。しかし、その解決策は、テクノロジーを拒絶することにあるのではなく、私たち人間がその使い方を学び、賢く共生していく道を探ることにあるはずです。


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SNSとの距離感を適切に保ち、アルゴリズムの特性を理解したうえで主体的に情報を選択する。AIを自らの創造性を高めるためのパートナーとして活用し、意図的にオフラインの時間を作ることで心身をリフレッシュする。こうした一つひとつの実践が、デジタル社会における新たなウェルビーイングの形を創り上げていきます。


テクノロジーは、私たちの幸福を奪うものでも、自動的に与えてくれるものでもありません。それはあくまで、私たちの生き方を映し出す鏡であり、その可能性を引き出すも殺すも、私たち自身の主体的な関わり方にかかっているのです。


心と体のバランスを整えてウェルビーイングな毎日を


参考文献

【資料A】Hunt, M. G., Marx, R., Lipson, C., & Young, J. (2018). "No More FOMO: Limiting Social Media Decreases Loneliness and Depression". Journal of Social and Clinical Psychology, 37(10), 751–768.

【資料C】国立精神・神経医療研究センター, 「睡眠と覚醒のしくみ」.

【資料D】Tang, Y. Y., Hölzel, B. K., & Posner, M. I. (2015). "The neuroscience of mindfulness meditation". Nature Reviews Neuroscience, 16(4), 213-225.

西村太志(にしむら・たいし)

兵庫県出身、東京都国立市在住。一橋大学大学院で社会学を研究中。

ウェルビーイング、つながりの再構築、主観と客観のあいだを探る思想に関心がある。

趣味は読書、映画、音楽(高校時代まで吹奏楽部)。

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