アーバンライフとウェルビーイング 都市に暮らす私たちの心と身体の健康
- 西村太志
- 4月18日
- 読了時間: 5分
更新日:5月9日
都会で生きるということ
都市生活がもたらすもの
現代において、日本人口の約9割が都市部に集中して生活しています。高層ビル、交通網、商業施設──都市は利便性に満ち、情報や刺激にあふれています。しかしその一方で、「都市の中で孤独を感じる」「人が多いのにつながりを感じない」といった声も少なくありません。華やかに見える都市生活には、実はウェルビーイングに関わる多くの課題が潜んでいるのです。

「満足度・生活の質に関する調査報告書2024」【資料A】によれば、都市部においては「家計と資産」や「雇用環境と賃金」への満足度が地方よりも低く、一方で「仕事と生活のバランス」に関する満足度は都市部でやや上昇傾向にあります。また、「子育てのしやすさ」に関しては都市・地方問わず満足度が低下しており、特に都市部では支援環境の脆弱さが指摘されています。つまり、都市は選択肢が多い反面、物理的・心理的負荷もまた大きいのです。
孤独と都市的な生活様式
都市では人が密集しているにもかかわらず、隣人との関係が希薄であり、日常の中でのふれあいや会話の機会も少ないです。「孤独・孤立の実態把握調査」【資料B】によると、孤独を感じるかという質問に対し、しばしばある・常にあると答えた人は全体の約4.8%、時々あるが14.8%、たまにあるが19.7%となっており、実に約4割の人が程度の差はあれ孤独を感じていると報告されています。
特に単身世帯の中高年男性では、社会とのつながりの満足度が著しく低い傾向にあります。友人との会話、家族との団らん、職場での雑談──そうした些細な関係性が減少することで、社会との「絆」は目に見えないうちに脆弱になっていくのです。
都市のウェルビーイング課題
心の居場所の不在
都市では職場や住居の移動が頻繁であり、地域に根ざした関係を築くのが難しいという特徴があります。単身世帯の増加や賃貸住宅の短期入居も、こうした関係性の流動化を加速させています。その結果、日常の中で自分を受け入れてくれる「心の居場所」が見つかりにくくなります。

近所づきあいが希薄なマンション生活、職場以外での交流が乏しいワンルームの暮らし。こうした生活は自由であると同時に、「誰にも頼れない」「話しかける人がいない」という孤立の感覚をもたらします。地域社会に属する感覚が薄れると、いざ困難に直面した際に孤独が深まり、心の健康にも影響を及ぼすのです。
自然との断絶と身体活動の欠如
都市生活では自然とのふれあいが限られるため、精神的な回復やリフレッシュの機会が少なくなりがちです。国土交通省の「令和4年版国土交通白書」【資料C】によれば、都市部では公園や緑地、水辺空間への満足度が暮らしやすさと密接に関係しており、身近に自然環境がある地域ほど、住民の生活満足度が高い傾向にあります。

自然の中を歩いたり、緑を眺めたりする時間は、ストレスの軽減や思考の整理に有効であるとされ、多くの研究がこれを裏付けています。しかし高密度に開発された都市空間では、こうした自然の存在が後回しにされがちです。また、移動手段の機械化やデジタルワークの進展により、身体を動かす機会も減少し、運動不足による健康リスクも指摘されています。仕事をしていると、休日であっても、自然を感じるために遠出をするということの肉体的・心理的ハードルも高いでしょう。
また、国土交通省の「グリーンインフラ推進戦略」【資料D】では、自然環境の整備がストレス緩和やコミュニティ形成などの観点からウェルビーイング向上に不可欠であるとされ、都市部における緑の拡充が強く推奨されています。
アーバンウェルビーイングの可能性
公共空間と交流の再設計
都市においてウェルビーイングを高めるための一つの鍵は、「公共空間の再設計」と「居場所の創出」にあります。国土交通省は2020年以降、「ウォーカブルなまちづくり」や道路空間の再構築を推進しており、オープンカフェや歩行者天国の社会実験が各地で進められています。

例えば東京都文京区では、車道を一部歩行者天国にすることで、ベンチや植栽を設置し、市民が読書や会話を楽しめる空間を創出しています。こうした試みは、まちの景観向上だけでなく、人と人との偶発的な出会いや交流を生む「都市の縁側」として機能しており、孤独の予防や居場所づくりに貢献しています。
テクノロジーとの共生とリズムの確保
都市生活はテクノロジーと切っても切り離せません。内閣府の「Society 5.0」構想【資料E】では、「一人ひとりの多様な幸せ(well-being)の実現」が中核的価値とされています。スマートシティの取り組みでは、AIやセンサー技術を活用して高齢者の見守りや地域交流を促進する実証事業も展開されており、デジタル技術が人の幸福を支える手段として活用されています。
一方で、デジタル機器に囲まれた暮らしは「常時接続」による疲労感やストレスを生み出すこともあります。画面の向こうの世界に没入し、現実の人間関係を希薄にしてしまうことも少なくありません。そのため、「オフラインの時間」を意識的に持ち、自然とのふれあいや人との直接的な交流を保つことが、都市におけるウェルビーイングには欠かせません。
都市に生きる私たちの再構築
都市生活には多くの豊かさがありますが、それが私たちのウェルビーイングに自動的に結びつくわけではありません。むしろ、利便性や効率性の裏に潜む孤独や疲労に気づくことこそ、都市での健康的な暮らしを築く第一歩です。

都市に暮らすからこそ、心のゆとりや人とのつながり、身体との対話といった「生活の質」を意識的に取り戻していくことが求められています。都市がもたらす刺激や利便性に頼りきるのではなく、そのなかで「いかに自分らしく、健やかに生きられるか」。それこそがこれからの都市生活に求められる視点であり、アーバンウェルビーイングの核心です。
心と体のバランスを整えてウェルビーイングな毎日を。
参考資料
【資料A】内閣府(2024)『満足度・生活の質に関する調査報告書』https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/manzoku/index.html
【資料B】内閣官房(2023)『孤独・孤立の実態把握に関する全国調査結果』https://www.cao.go.jp/kodoku_koritsu/torikumi/zenkokuchousa.html
【資料C】国土交通省(2022)『令和4年版 国土交通白書』
【資料D】国土交通省(2023)『グリーンインフラ推進戦略』https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001629422.pdf
【資料E】内閣府(2022)『科学技術白書』https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/6honbun.pdf
西村 太志(にしむら たいし)
兵庫県出身、東京都国立市在住。一橋大学大学院で社会学を研究中。
ウェルビーイング、つながりの再構築、主観と客観のあいだを探る思想に関心がある。
趣味は読書、映画、音楽。