ミドルエイジ・クライシスとウェルビーイング “第2の思春期”をしなやかに越える
- 西村太志
- 5月10日
- 読了時間: 5分
ミドルエイジ・クライシスとは
三十代後半から五十代前半にかけて訪れる中年の危機は、幸福度がU字を描き底を打つ時期です。経済学者ブランチフラワーの国際分析では、先進国で主観的幸福度が最も低くなる平均年齢は四十七・二歳と示されています【資料A】。

日本でも内閣府調査で四十五〜五十九歳の幸福度が過去最低を記録し、「子育てが終わり虚脱感が残った」「人生の選択肢が閉じていくようで怖い」といった声が聞こえます。こうした感情の陰には、ホルモン変動や代謝低下など身体からのサインが潜んでいます。第二の思春期とも呼ばれるこの揺らぎを理解し、適切に対処することがウェルビーイング回復の第一歩になります。
中年期に訪れる体の大転換
ホルモンバランスの急変
四十代半ばから五十代にかけて、女性はエストロゲンの急減で更年期症状が現れます。閉経周辺期(ペリメノパーズ)は十年前後の揺らぎが続き、心身が大きく揺さぶられます。男性も四十代後半からテストステロン低下が始まり、一割前後が男性更年期(LOH症候群)に該当するといわれます【資料B】。倦怠感や意欲低下は「気のせい」と片づけられがちですが、検査で原因が判明する例は少なくありません。
代謝と体力の減退
筋肉量は何もしなければ年一%ずつ減り、基礎代謝も落ちます。更年期の女性は内臓脂肪がつきやすく、男性は“中年太り”で腹囲が拡大します。四十代を境に生活習慣病の発症率が跳ね上がり、日本人の死因の六割を占める病の多くがこの年代で芽を出します。五十代の半数がフレイル相当と判定された調査もあり、「まだ若い」という思い込みは危険です【資料C】。

睡眠・自律神経の乱れ
国民健康・栄養調査では、三十〜五十代の約半数が六時間未満睡眠でした【資料D】。慢性的な睡眠負債はコルチゾールを高め、肥満・免疫力低下・うつ傾向を招きやすくします。自律神経の調整力も年齢とともに落ち、めまい・動悸・消化不良など原因不明の不調が増えるのもこの年代です。
体の変化が心と社会に投げかける影
容姿や体力の衰えはアイデンティティを揺らし、「人生これでいいのか」という疑問を呼び起こします。日本でも幸福度が底を打つ年代は仕事と家庭の責任がピークを迎え、子の独立や親の介護、役職定年の不安など多重ストレスが重なります。ホルモン変動と相まってメンタルヘルスを逼迫し、燃え尽き症候群やうつを引き寄せるケースが少なくありません。
しなやかに越えるセルフケア
動いて食べてリズムを整える
週三回三十分の有酸素運動と自重筋トレで基礎代謝低下を食い止め、睡眠と気分を整えましょう。厚労省の特定健診後の「動機づけ支援」を使えば、保健師が無料で運動メニューを作成してくれます。高たんぱく低脂質の食事、発酵食品で腸を整え、アルコールと塩分を控えめにすることも大切です。

更年期と向き合う医療リソース
婦人科・メンズヘルス外来ではホルモン補充療法(HRT/TRT)や漢方、カウンセリングが選択できます。治療を始めた人の多くが「もっと早く知りたかった」と語ります。自治体の「更年期教室」やオンライン診療も上手に活用し、症状を我慢しない文化を広げましょう。
つながりと学び直しで自己実現を
定期的なボランティア参加者は幸福度が高いという国際研究があります【資料C】。オンライン講座で新しいスキルを学ぶリスキリングはキャリア不安を「可能性」に変える一手です。家庭ではパートナーやきょうだいと介護・家事を共有し、「一人で背負わない仕組み」を作りましょう。
公的支援を賢く使う
健康保険には検診補助だけでなくメンタル相談や両立支援休暇など多彩な制度があります。自治体のLINE相談は深夜帯でも専門職とつながれます。会社員なら傷病手当金とリワークプログラムで段階的に復職する道もあります。制度を知り頼ることは恥ではなく、ライフデザインを広げる戦略です。
休息とストレスマネジメント
就寝一時間前はスマホを遠ざけ、ぬるめの入浴とストレッチで副交感神経を優位にしましょう。週末には「何もしない時間」を予定表に書き込み、脳と身体を意図的にオフにしてください。企業のEAPや自治体の無料カウンセリングも遠慮なく利用しましょう。

国内外の視点 社会が支える中年期
北欧諸国は柔軟な勤務制度と男女平等な家事分担で中年期の幸福度が比較的高い。WHOは「健康な加齢」を掲げ、中年期からの心身管理が高齢期の介護負担を軽減すると強調しています【資料E】。 日本でも健康経営やフェムテック導入、リスキリング補助が始まり、ミドル世代のウェルビーイング底上げが政策課題になりつつある。
谷の先にある再上昇へ
幸福度のU字カーブは人生後半に向けて再び上向く普遍的な現象です。もし今、不調や将来への不安で立ち止まっているなら、それは「終わり」ではなく「再構築のサイン」です。
思春期の私たちが変化を恐れず新しい世界へ踏み出したように、中年期にも未知への扉は用意されています。体力・知恵・経験・人脈、積み上げてきた資本を丁寧に手入れすれば、人生は再び面白くなります。第二の思春期をしなやかに越え、百年ライフの後半戦を自分らしく設計していきましょう。
心と体のバランスを整えてウエルビーイングな毎日を。
参考資料
【資料A】Blanchflower, D. G., “Is Happiness U-shaped Everywhere? Age and Subjective Well-being in 132 Countries”, NBER Working Paper No.26641, 2020. https://www.nber.org/papers/w26641 NBER 【資料B】日本メンズヘルス医学会, 「LOH症候群・男性更年期とは」. https://jsmh.jp/loh/ 日本メンズヘルス医学会
【資料C】ツムラ, 「50代の半数がフレイルに相当!早めの対策が重要」, 2025. https://www.carenet.com/news/general/carenet/60150 CareNet.com 【資料D】厚生労働省, 『令和4年 国民健康・栄養調査』, 2023. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001296359.pdf 厚生労働省 【資料E】World Health Organization, “UN Decade of Healthy Ageing (2021–2030)”. https://www.who.int/initiatives/decade-of-healthy-ageing 世界保健機関
西村太志(にしむら・たいし)兵庫県出身、東京都国立市在住。一橋大学大学院で社会学を研究中。ウェルビーイング、つながりの再構築、主観と客観のあいだを探る思想に関心がある。趣味は読書、映画、音楽(高校時代まで吹奏楽部)。