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シニアのウェルビーイング “第三の人生”を輝かせる地域とライフデザイン

  • 執筆者の写真: 西村太志
    西村太志
  • 5月31日
  • 読了時間: 6分

日本は2025年に、国民の3人に1人が65歳以上という「超高齢社会」になります【資料A】。仕事を離れたあとも平均で20年近くの時間が続きます。その長い時間を、病院やベッドの上ではなく、元気に楽しむにはどうすればよいでしょうか。


このコラムでは高齢期を「第三の人生」と呼び、体・心・社会の三つの視点から暮らしをデザインするヒントをお伝えします。読むかたが30〜50代でも、いまから習慣を育てておけば未来の自分を助ける確かな投資になります。



高齢社会のいま

 

内閣府のデータでは、75歳以上の人口は2030年に2300万人を超えます【資料A】。かつては数世代が同居し、困ったときは家族がすぐ手を差し伸べる生活が一般的でした。しかし都市部では仕事の都合で親子が離れて暮らし、単身世帯も増えています。


介護サービスを公的に整えても、結局は「最後の5メートル」を誰が支えるかが問題になります。ご近所同士で声をかけ合う、小さな買い物を頼み合うなど、制度と人のつながりを合わせて考えることが、これからの安心のカギになります。こうした地域の支え合いは、高齢者だけでなく子育て世代の防災や見守りにも役立ち、街全体のレジリエンスを高めます。



生きがいと Purposeful Aging


幸福と必要とされる喜び


幸福度は年齢によってU字のカーブを描くことが知られています【資料B】。働き盛りの40代が少し落ち込み、60代後半から回復するのが一般的です。しかし退職後の役割喪失が長引くと、その回復が遅れる場合があります。


米国スタンフォード大学の「Purposeful Aging」プログラムは、ボランティアや学び直しで「まだ社会に必要とされている」という実感を持つと、幸福度が平均15%高まると報告しています【資料C】。つまり、年を取っても「誰かの役に立つ場」を確保できれば、心は若々しく保てるということです。


Ikigai を育てる

 

「生きがい」は日本発の言葉ですが、海外でも研究が進んでいます。英国1万人調査では、「自分の生きがいを週に一度は意識する」人は、そうでない人より落ち込みが三割少ない結果が出ました【資料C】。


生きがいは大きな目標でなくても構いません。「毎朝ベランダの花に水をやる」「月に一度、昔の同僚と本を語る」など、小さな楽しみが糸のように日々をつなぎます。大切なのは「自分の行動が誰かの笑顔につながった」と感じることです。休日に子ども食堂で盛り付けを手伝う、ずっと好きだった楽器を地域のバンドで演奏する。こうした経験が、自信と喜びを積み重ねていきます。



身体とウェルビーイング


体を守るフレイル予防

 

年を重ねると、筋肉が落ちて動きが鈍くなる「フレイル」が心配になります。厚生労働省の指針では、週二回以上の筋トレと十分なたんぱく質が推奨されています【資料D】。


スクワットやかかと上げなど、自宅でできる運動を12週間続けた70代のグループは、脚の力が二割強くなり、転倒が半分に減ったという報告があります。忙しい人は「テレビを見ながら10回かかとを上げる」「歯磨き中に片足立ちを5秒」など日常のすき間を使うと続けやすいです。

さらに、一日4000歩よりも6000歩歩く人は、気分が10%明るくなるというデータもあります。歩くと全身の血流が良くなり、脳にも酸素が届きやすくなるため、頭のモヤモヤが晴れやすいのです。


食事と生活リズム

 

運動と並んで食事も大切です。魚やオリーブオイル、野菜をたくさん取る「地中海食」を続けると、心臓病や認知症のリスクが下がることが分かっています。東京都健康長寿医療センターの研究では、こうした食事を意識した高齢者は、認知症になる確率が3割低い結果でした。


また、毎朝同じ時間に起きて朝日を浴びると、体内時計が整い、夜ぐっすり眠れます。スマートウォッチで歩数や睡眠を見える化すると、頑張りが数字で分かり、やる気が続きやすいのも利点です。夕食後にスマホ画面の明るさを落とす、寝る前のカフェインを控えるなど、ちょっとした工夫が質の良い眠りを助けます。


今日からできる一歩


難しいことをまとめて始める必要はありません。まずは「階段を使う」「水分を多めに取る」といった小さな行動を習慣にしてみましょう。週末に一駅分歩くだけでも、体は正直に反応します。


達成感が生まれたら、次は家族や友人を誘って一緒に実践してください。仲間がいると続きやすく、会話が生まれ、自然と心も満たされます。こうした小さな循環が、10年、20年後の大きな差につながるのです。



住まいとコミュニティ


地域で支え合うしくみ

 

体と心の準備ができたら、周りと手を取り合う番です。安心は制度だけでなく「ちょっと気にかける」関係の有無で大きく変わります。厚生労働省の200か所調査では、週一回以上ご近所と挨拶を交わす人は、そうでない人より孤独感が4割少ないと報告されました【資料E】。 


東京都世田谷区の「見守りサイン」では、商店街の店主が高齢客の変化を市の相談員へ伝え、重度介護になる前に支援につながった件数が三割増えました【資料F】。顔の見えるつながりが早期発見のネットになります。


近所を“ホーム”に変える工夫


大きなイベントは不要です。玄関先に椅子を置き、通る人と世間話をする「縁側コミュニティ」は都市部のマンションでも広がりつつあります。共同菜園で土を触る、月一回ロビーで本を交換する。こんな小さな工夫が孤立を防ぐことにつながります。


エイジフレンドリーな街づくり

 

WHOは歩道の段差や交通の使いやすさなど8項目で街を評価する指標を示しています【資料G】。ニューヨーク市は横断歩道の青信号時間を延長し、ベンチを増設。高齢者の外出時間が平均2割増えました。 


日本でも富山市が路面電車を軸とした「コンパクトシティ」を推進。住宅と病院、店を沿線に集め、車を手放した高齢者でも生活しやすい環境をつくりました。開業後、公共交通利用は4割増え、健康診断受診率も上昇しました。街の設計が健康行動を後押しする例です。


住まいの安全は未来への投資


自宅も見直しましょう。玄関と浴室の段差をなくし、手すりを付け、夜は足元灯を自動で点けるだけで転倒リスクは大幅に下がります。住宅改修を行った高齢者は一年後の要介護化率が15%低いとの調査があります【資料H】。家は長く住むほど価値が上がる「ウェルビーイング投資」です。



運動・役に立つ・安心


第三の人生を輝かせるカギは、体を動かす小さな習慣、誰かの役に立つ生きがい、街の力を借りた安心の仕組みという三つの輪を重ねることにあります。輪が重なる場所に、年を重ねても挑戦と笑顔があふれる暮らしが生まれます。今日できる一歩を踏み出し、未来の自分と社会を一緒に育てていきましょう。


心と体のバランスを整えてウエルビーイングな毎日を



参考文献

 

【資料A】内閣府,

【資料B】Blanchflower, D. G.,

【資料C】Stanford Center on Longevity, “Purposeful Aging Initiative Report”, 2023. California Department of Social Services

【資料D】厚生労働省,

【資料E】厚生労働省,

【資料F】世田谷区,

【資料G】World Health Organization,



プロフィール

西村太志(にしむら・たいし)兵庫県出身、東京都国立市在住。一橋大学大学院で社会学を研究中。ウェルビーイング、つながりの再構築、主観と客観のあいだを探る思想に関心がある。趣味は読書、映画、音楽(高校時代まで吹奏楽部)。

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